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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1823号 判決 1963年2月22日

控訴人 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

被控訴人 大塚卓爾

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

千葉地方検察庁八日市場支部検察官高木陸記が千葉地方裁判所八日市場支部に対し昭和三十二年八月二十一日被控訴人を被告人として「被告人は昭和二十九年三月十六日頃同人外二十五名の共有にかゝる山武郡成東町白幡千五百三十九番地木造便利瓦葺平家建工場一棟建坪六十坪及び同工場内の機械類を合計金七万三千五百円にて共有者を代表して加藤清に売り渡し所有権を移転し、同人に対しこれが所有権移転登記をなすべき義務を負担するに至つたが、右建物は未登記にして家屋台帳上の所有者は共有者等の事業上の名称である社団法人房総同郷会成東分会(社団法人房総同郷会とは法律上無関係なるも事業上の便宜上潜称)名義となつていたので、そのまま右加藤のため管理中、該建物の所有権を自己に取得してこれを横領しようと企て、東金簡易裁判所に対し社団法人房総同郷会を被告として前記売買の事実を秘して該建物の所有権は自己にある旨の確認判決を求め、被告不出頭のまま同裁判所を欺罔して昭和二十九年十二月十六日該訴訟の原告たる被告人に請求どおり右建物の所有権がある旨の確認判決をなさしめ、同判決に基き昭和三十年九月十三日千葉法務局成東出張所において右所有権保存登記申請をなし右建物一棟を着服してこれを横領したものである。」との横領罪の事実で起訴し、同事件につき昭和三十三年六月五日無罪の判決が言い渡され控訴なく確定したことは当事者間に争いがない。

被控訴人は高木検察官の起訴につき過失ありと種々主張するも、これを認めるべき適切な証拠がない。かえつて、成立に争いない乙第一号証の一、二、三、第二号証の一、二、第三、第四、第五号証、第六号証の一ないし五、第七、第八号証、第九号証の一ないし五、第十号証の一、二、三、第十一号証の一ないし六、第十二号証の一、二、三、第十三、第十四号証の各一、二、第十五号証の一、二、三、第十六号証の一、二、第二十、第二十一、第二十二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第十六号証の一、二、第十七、第十八、第十九号証、原審及び当審における証人高木陸記の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち本件建物が被控訴人外二十五名の共有に属し建物台帳には社団法人房総同郷会成東分会の所有名義となつていること、同名義は被控訴人らの共同事業体の名称であるが、法人格はなく社団法人房総同郷会とはなんら関係がないこと、被控訴人が右共同事業体の代表者となつていたこと、被控訴人が共同者を代表して加藤清に前記建物及び機械類を合計金七万三千五百円で売却する契約を昭和二十九年三月十九日締結したこと、被控訴人に不信を抱いた太田貞美外の共有者らが同年四月五日加藤清と交渉して代金の支払を受けたこと、建物の保存登記はなお経由されないでいたこと、被控訴人が右建物は自己の所有であると主張して社団法人房総同郷会を相手方として東金簡易裁判所に所有権が自己に存することの確認を求める訴訟を同年十一月九日提起し相手方不出頭のまま同年十二月十六日勝訴判決を受け、これを使用して千葉法務局成東出張所において自己のための保存登記を昭和三十年九月十三日経由し、被控訴人の長男である染屋宏善のため売買を原因として昭和三十二年一月十二日所有権移転登記を経由したこと、染屋宏善が同年二月頃加藤清を相手方として東金簡易裁判所に家屋明渡の訴訟を提起したこと、加藤清が被控訴人及び染屋宏善を相手方として登記抹消請求訴訟を同年二月十四日提起するとともに同年三月十二日被控訴人を詐欺罪で成東警察署に告訴し前記起訴に至つたこと、右登記抹消請求訴訟は上告審まで行つて加藤清の勝訴に確定したこと、前記刑事事件につき無罪判決が言い渡された当時は、加藤清の提起した前記民事訴訟法が進行中で同事件により同人の権利が保護され得るとの見込で検事控訴をしなかつたこと、高木検察官は、被控訴人が共同事業体の代表者であり、本件建物は未登記であるから、右建物の保存登記をなし、買受人のため所有権移転登記手続をなし得る立場にあつて、法律上同建物を占有していると解していたこと、被控訴人が社団法人房総同郷会を相手方として勝訴判決を受けこれを利用して自己のための保存登記を経由したことは詐欺及び公文書不実記載に該当する行為でもあると考え刑事訴追の必要があるとして本件公訴を提起するに至つたことが認められる。

しかして、検察官は証拠に照し有罪判決を受ける見込のある犯罪事実につき公訴を提起すべく、しかも、訴訟の途中において公訴事実の同一性が害されない限り訴因罰条の変更をなし得るのであるから、公訴事実の同一性を害しない限り、いずれかの訴因で有罪判決を受け得る見込が存在するときは公訴を提起するにつき検察官は一応注意義務を果したというべきである。そして不動産の横領罪の要件たる占有の解釈は非常に困難であつて、前記のとおり建物は共同事業体の所有であつて建物台帳にその旨の記載があり、被控訴人は同事業体の代表者であつたのであるから、同建物を第三者に処分し得る立場にあつて、横領罪上被控訴人の占有に属すると考え得ないわけでもないのである。従つて、高木検察官が前記の見解を採つたとしても、あながち法律の解釈ないし事実認定につき過失があつたと言うことはできない。のみならず右事件においては詐欺及び公文書不実記載の各犯罪の成立する見込は充分あつたのであるから、本件公訴の提起につき高木検察官に過失があつたということはできない。

従つて、高木検察官に不法行為があつたことを前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない。

よつて、原判決は失当であるから、民事訴訟法第三百六十六条第九十六条第八十九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 渡辺一雄 太田夏生)

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